1.再生医療関連二法の成立
平成25年11月20日,「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」(再生医療等安全性確保法)及び
「薬事法等の一部を改正する法律」が参議院本会議で可決成立し,同月27日に公布されました。
2.再生医療等安全性確保法の概要
(1) 再生医療等安全性確保法では,iPS細胞や体性幹細胞といった幹細胞等(細胞加工物)を用いる再生医療・細胞治療(再生医療等)を提供する医療機関に,
厚生労働大臣が定める再生医療等提供基準に適合しているかどうかについて第三者機関(認定再生医療等委員会)の審査を受けた上で,
厚生労働大臣に再生医療等提供計画を提出することを義務付けています。
(2) また,再生医療等技術が人の生命・健康に与える危険性に応じて,再生医療等を
・「第一種再生医療等」(高リスク),
・「第二種再生医療等」(中リスク)及び
・「第三種再生医療等」(低リスク)
に分類し,第一種再生医療等の提供計画が厚生労働大臣の定める再生医療等提供基準に適合していないときは,
厚生労働大臣が厚生科学審議会の意見を聴いて計画の変更命令等を行うことができること,第一種・第二種再生医療等については,
適切な審査実施能力を有する医学・法律学の専門家等で構成される特定認定再生医療等委員会による審査を受けるよう医療機関に義務付けることなど,
リスクのレベルに応じた再生医療等の審査・実施手続を定めています。これらの手続に違反し,再生医療等提供計画を厚生労働大臣に提出しないまま,
あるいは虚偽を記載した再生医療等提供計画を提出するなどして再生医療等を提供した者についての罰則も設けられています。
(3) このほか,再生医療等の提供について,厚生労働大臣が緊急命令,改善命令・提供制限命令,立入検査等の行政処分をできること,
再生医療等に用いられる特定細胞加工物の製造について,細胞培養加工施設ごとに厚生労働大臣の許可を受けなければならず,
医療機関の管理者はこの許可等を受けた特定細胞加工物製造事業者のみに特定細胞加工物の製造を委託すべきことなどを定めています。
(4) この再生医療等安全性確保法の成立により,
従来は臨床研究や自由診療といった医師法・医療法を根拠とする医療行為の枠組みの中で実施されてきた再生医療・細胞治療に関する基本的なルールについて,
一応の整備を見たことになります。
3.改正薬事法(再生医療関連)の概要
一方,薬事法に基づく製造販売承認という形での再生医療技術の実用化に関しては,今回の法改正により,
(1) 薬事法の名称が「医薬品,医療器機等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬品医療機器等法)に改められたほか,
(2) 同法の中で医薬品,医療機器等とは別に新たに「再生医療等製品」の定義を設けるとともに,
その特性を踏まえた安全対策等の規制(生物由来製品と同様の規制等)を設け,
(3) 均質でない再生医療等製品について,有効性が推定され,安全性が認められれば,
特別に早期に,条件及び期限を付して製造販売承認(条件付き承認)を与えることができるものとされています。
4.施行期日
医薬品医療機器等法の施行期日は,公布の日から1年を超えない範囲において政令で定める日から施行するものとされており,再生医療等安全性確保法の施行期日もこれに合わせられています。
5.今後の課題
(1) 今回の再生医療関連二法,及びこれに先立って平成25年4月に議員立法で成立した「再生医療を国民が迅速かつ安全に受けられるようにするための施策の総合的な推進に関する法律」
(再生医療推進法)により,これまで薬事法トラック(治験→製造販売承認)と医師法・医療法トラック(ヒト幹指針*1に基づく臨床研究のほか,
「医師の裁量」を根拠とする自由診療)というダブルトラックで実施されてきた我が国の再生医療・細胞治療について,
早期の実用化推進とこれに伴う安全性の確保という医療政策上の二大命題を解決する基本的なルールが確立されたことになります。
これにより,自由診療の下での「therapeutic haven*2」ともいうべき,
諸外国で要求されるのと同水準の効能・効果や安全性確認のための手続を経ない自称「再生医療」が我が国で行われるといった事象も解消に向かっていくことが期待されます。
(2) しかし,既に一部は指摘されているところですが,今後の規制・運用面での課題として,
まず,認定再生医療等委員会を構成するにふさわしい適切な審査能力を有する再生医療・生命倫理等の専門家をどのようにして確保するかの問題があります。
(3) また,今後の再生医療・細胞治療に関する技術の進展により,現在想定しているリスクのレベルに応じた再生医療等の分類ごとの具体例(厚生労働省の説明資料では,
例えばiPS細胞等を用いるヒトに未実施のものは高リスクの第一種再生医療等,体性幹細胞を用いる現在実施中のものは中リスクの第二種再生医療等,
リンパ球等の体細胞を加工し使用するものは低リスクの第三種再生医療等とされています*3。)については,これまで第一種(第二種)であったものが第二種(第三種)に移行していく,
あるいは本来第二種(第三種)としての規制にとどまるべきものが第一種(第二種)に分類されてしまうといった事態が生ずる可能性も予想されます。
そのため,再生医療等の分類いかんによっては,危険性が過大評価され,再生医療等を提供する医療機関の負担が過度に増加することにもなりかねません。
他方で,再生医療等安全性確保法では,リスクの程度に応じた再生医療等の区分について,再生医療等提供基準に従って定めることになりますが,
その区分の第一次的な判断は,再生医療等提供計画を作成する医療機関の判断に委ねられています。
この医療機関の判断による再生医療等の区分の当否について,あらかじめ何らかの公権的な審査を行うような事前規制の法的枠組みは,職業(医業~自由診療)の自由,
あるいは研究(臨床研究)の自由による限界もあり,基本的には採用されていません(厚生労働大臣による第一種再生医療等提供計画の変更命令は,
当初から第一種再生医療等提供計画の提出があったことを前提とする事前規制であり,必ずしも医療機関による再生医療等の区分に関する判断の過誤に対応可能な手段ではないように思われます。)。
そのため,再生医療等技術のリスクが医療機関の判断で本来よりも過小評価され,例えば最も低リスクの第三種再生医療等として再生医療等提供計画が策定されたような場合には,
事後規制(計画の変更命令,提供制限命令等)の規制権限が適切に発動されなければ,安全性を軽視した再生医療等が自由診療の名の下に提供されてしまうという懸念がなお残るように思われます。
(4) 改正前の薬事法に基づく製造販売の承認による実用化に関しては,従来の医薬品・医療機器としての承認審査が,再生医療等製品の特性(非均質性,
患者ごとの個人差等)に必ずしも整合せず,通常の承認審査にも増して過剰な規制となり,実用化の遅れにつながるものであったことは,かねてから指摘されてきたところです。
今回の医薬品医療機器等法(薬機法)への法改正(再生医療等製品の承認審査制度の創設,条件付き承認の導入)により,このようなドラッグ・ラグ,デバイス・ラグといった現象の改善が期待されますが,
より根本的には,臨床研究のデータを一定範囲で薬機法上の治験にも利用できるようにするなど,薬機法と医師法・医療法のダブルトラックの乖離を可能な限り縮小していくことが求められるところです。
(5) 以上のような課題を解決するために,今後も,再生医療・細胞治療に関して,我が国における法規制の動向と実施の実情を注視していく必要があるでしょう。
*1 「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」(平成18年厚生労働省告示第425号。最終改正平成22年厚生労働省告示第380号)
*2 平成23年3月1日「日本再生医療学会・会員の皆様へのお願い(勧告分)」より。
*3 平成25年7月26日・厚生労働省厚生科学審議会科学技術部会・再生医療の安全性確保と推進に関する
専門委員会第7回における厚生労働省医政局研究開発振興課作成資料「再生医療等の安全性の確保等に関する
法律案及び薬事法等の一部を改正する法律案説明資料」5頁の分類。