2015.6.5
プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する最高裁判決
今月5日,プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)の特許権侵害訴訟(プラバスチンタンナトリウム事件)に関する2件の最高裁判決(第二小法廷)が同日に言い渡されました(最高裁平成24年(受)第1204号,同第2658号)。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85145
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85144
プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは,物の発明である特許発明について,特許請求の範囲において製造方法によってその物を特定する記載がされている場合のことをいうものとされており,化学やバイオテクノロジーといった技術分野で,物の構造や特性等を直接クレームに記載することが不適切な場合に利用されることがある特許クレームの記載手法です。
判決要旨(通常は判例集でアンダーラインが引かれている箇所)は次の2点です。
(1)「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その発明の要旨は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として認定されるものと解するのが相当である。」
(2)「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう『発明が明確であること』いう要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。」
つまり,上記(2)の『不可能・非実際的事情』(千葉判事補足意見)の認められないPBPクレームについては,そもそも発明の明確性(特許法36条6項2号)という記載要件違反により特許に無効理由があることになる一方,そのような『不可能・非実際的事情』が認められるPBPクレームについては,上記(1)により,特許発明の技術的範囲が製造方法に限定されず,構造,特性等が同一の物に及ぶことになるので(物同一説),被疑侵害者の製品が特許製品と構造,特性等において同一の物であれば,製造方法が違っていても特許権侵害が成立し,差止請求,損害賠償請求等が認容されることになります。
原審の知財高裁平成24年1月27日判決(判時2144号51頁。請求棄却)は,PBPクレームには①真正PBPクレーム(物を構造・特性等で直接特定するのが出願時において不可能又は困難な事情=『不可能・困難事情』であるとき)と②不真正PBPクレーム(『不可能・困難事情』がないとき)とがあり,特許請求の技術的範囲について①では物同一説によって特許権侵害の成否を判断するのに対し,②では製法限定説(特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物に限定される)によって判断するとの解釈を採用しましたが,今回の最高裁判決はこのような解釈を採用しないことを明言しました。
その上で,上記(1)に沿った特許発明の技術的範囲,更には『不可能・非実際的事情』の存否による発明の明確性の記載要件について審理を尽くさせるため,原判決を破棄して事件を知財高裁に差し戻しました。
また,特許庁の特許・実用新案審査基準では,発明の明確性については,『不可能・困難事情』あるいは何らかの意味で物性等による物の特定が不適切な事情(『不可能・困難・不適切事情』)があるときは,その物の製造方法によって物を特定するPBPクレームによることができるとした上で,物同一説により物自体の新規性・進歩性を判断するものとしています(第Ⅰ部第1章2.2.2.4(2),第Ⅱ部第2章1.5.2(3))。
しかし,今回の最高裁判決によれば,出願審査の段階において,『不可能・困難・不適切事情』よりも厳格に『不可能・非実際的事情』が認められなければ,当該PBPクレームについては発明の明確性が欠け,記載要件違反(特許法36条6項2号)の拒絶理由・無効理由が存在することになりますので,今後,特許庁が現行審査基準の見直しを迫られるものと予想されます。
今回の最高裁判決は,PBPクレームの記載から特許発明の技術的範囲を予測する第三者の不利益と,出願時に物の構造・特性を特定できない出願人の不利益とを調整する手法として,特許発明の記載要件という間口の部分でPBPクレームの特許要件を厳格に絞る一方で,そのような狭い間口を通り抜けたPBPクレームについては,物同一説によって強い権利としての保護を与えるという方向性を示した,という見方もできそうです(このような観点から,iPS細胞を想定したと思われるPBPクレームにおける発明の明確性に関する説示が,千葉判事の補足意見でも山本判事の意見でも述べられています。)。
しかし,今回の最高裁判決により,特許無効審判請求,あるいは特許権侵害訴訟における特許法104条の3の抗弁の中で,これまで余り争われてこなかったPBPクレームの特許発明における発明の明確性,更にはサポート要件(特許法36条6項1号))1といった記載要件違反の無効理由が争われる可能性が増大することが予想されます。その意味では,特許権の権利の安定性に関する新たな課題を生じさせる司法判断,ともいえるでしょう。
1 千葉判事の補足意見では,発明の構成を分かりやすくする製造方法の記載をクレームではなく「発明の詳細な説明」に記載すべきとの見解が示されています。